お茶のこだわりKodawari

12世紀末、日本に伝えられたお茶。時が流れても、変わらない家族の笑顔がそこにあります。
夜もふけて話も弾む団欒のひととき。
一服のお茶にゆったりとした心地好さを感じるのは日本人ならではのことでしょう。
そんな私たちが楽しんでいるお茶は、いったいいつごろから飲まれているのでしょうか。
わが国の歴史にお茶が登場するのは、今から約千二百年前の平安時代、
空海、最澄ら遣唐使の留学僧の手によって伝えられたとされています。
しかし、当時のお茶は「餅茶」といって薄板状に押し固められた固形茶を、
細かく砕いてから煮出し、塩、香料などをいれたもので、味も今日のお茶のようなものではなく、 主に薬用として飲まれていました。

臨済宗の開祖として知られる栄西禅師


現在、私たちが飲んでいるお茶の普及に貢献したのは、臨済宗の開祖として知られる栄西禅師。
建久二年(一一九一年)栄西禅師は中国からの帰国後、お茶の栽培から製茶法の実際を伝えるとともに、
茶種を持ち帰り筑前(佐賀県)の背振山、博多の聖徳寺などに茶園を開きました。
その後、山城(京都府)高山寺の明恵上人にも茶種を送られ、 それは和束郷を始め宇治一帯の茶園の基となりました。
このように伝えられたお茶は、戦国時代には織田信長、豊臣秀吉ら武将に愛され、
千利休によって茶道として確立されるとともに、江戸中期にいたると一般の人々に煎茶が愛飲されるようになりました。
以来、お茶は日本人の細やかな味覚や嗜好と、切り離せない関係にあるといえるでしょう。

創業昭和35年


「山城物産」がスタートしたのは昭和三十五年のこと。
当時のお茶は原価が高騰する反面、小売価格は低迷し、品質の悪い下級茶が多く売られていました。
「山城」は業界で初めてポリエチレンによるビニール包装を採用。
それまでのお茶は紙包装で、新鮮さを第一とするお茶の味、香りを損なったままで売られていたのに対し、
品質の保持と衛生面の向上をはかるとともに、商品一点一点に小売価格を表示。
価格と品質の不透明さを一新し、旧幣な慣習にしばられていた茶業界に新風を送り込みました。

日々創意工夫


また、ライフスタイルの多様化に応えて、いち早くティーバック商品を発売。
烏龍茶もブーム以前から注目し、茶業界内でも早くから商品化。
先鞭者のノウハウを生かした香りの優れた烏龍茶は、各界で高い評価をうけています。
最近では全国の銘茶産地の茶生産農家と提携し、生産者の名前入りの厳選銘茶や、
昔ながらの有機栽培農法のお茶を発売。 消費者の本物志向とあわせてご好評いただいています。

創業の想いを次世代に

ミゼット1台と小さな事務所で、たった1人で始めた会社も 創業もうすぐ60年。
社員一同、いつまでも「山城」のお茶が、変わらない家族の笑顔をお届けできるよう努力してまいります。